2011年11月3日木曜日

日本の包丁はなぜ切れ味を求められているのか

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● 和包丁



 以前、おもしろい記事を読んだことがある。
 これは笑えた。


 中国の家庭では包丁は一本、鍋は中華鍋だけ。
 ドイツの家庭でも包丁は通常一本で済まし、お皿の種類の一種類。
 それなのになんで日本の主婦はあれほど多くのお皿と包丁を買い集め狭い台所に収納しようとするのか。

 包丁の数にこだわるというのは、ニッポンの悪しき職人文化だ
 その職人の真似を家庭の主婦がしている。
 これでは救われない。

 このどうでもいいことへの異常な「こだり」は、
 ------貴重な資源を浪費してしまうことに繋がった。
 おかげでニッポンはすっかり貧しくなってしまったのである。



 「ものにこだわる」と貧しくなるのだそうです。
 日本の文化を為させているのは「こだわり」だと思うが。
 スーと流さないで、細部のものへ深く関わっていく態度、それが日本文化の源泉だと思うが。
 つまり、日本文化などすてて、世界文化に同化しろ、ということのようであるが。
 貧しい日本人は貧しい世界料理を食え、かな。
 こだわらないなら料理も貧しいと思うが。
 こだわるからおいしいものが生まれるというのは、あたりまえのように感じるが。


サーチナニュース 2011/11/03(木) 11:35
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=1103&f=national_1103_065.shtml

【仏国ブログ】
 切れ味を求める日本の包丁「日本料理の重要な技術」

  フランスでは、日本の包丁はよく切れると定評があり、プロの料理人から一般消費者までに、愛用されている。
 料理や日本に関するフランスのサイト「Sucre Glace」では、
 日本の包丁がなぜよく切れるのかについて記している。

  まず、日本の包丁がなぜ切れ味を求められているのかを説明している。
 フランス料理は、調理の過程により料理の出来が変わるが、日本料理は切るところから、料理の出来映えに影響すると語る。
 日本料理では、味だけでなく視覚的な美しさも重要であり、食欲をそそる盛り付けがされるべきと考えられているとつづっている。

  日本の料理人は、修行時代に包丁の管理から始まり、包丁の研ぎ方も学ぶと紹介。
 こうして、美しく切るための修行を重ねていき、最終的には食材をミリメートル単位の正確さで、完ぺきに切りそろえられるようになると説明している。

  このように切るという作業は、料理の一段階と考えるフランス料理とは異なり、日本料理では大変重要視されており、そのため包丁もより完ぺきな切れ味を求められ、改良されていったと記している。

  日本の包丁は、ステンレスを使用している場合でも、平均的なステンレスよりも硬い材質であり、薄い刃を持つことが可能になっている。
 刃の角度や、精密な刃を製造する高度な技術を持っており、また、これを丁寧に仕上げられるという日本ならではの慣習などが、国際的に認められる包丁の製造を可能にしていると絶賛している。

  筆者は、日本の包丁は食文化における重要な技術の一つだと考えている様子がうかがえる。


 ついでだから、同日に載ったいろいろなblogを。


サーチナニュース  2011/11/03(木) 11:44
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=1103&f=national_1103_068.shtml

【米国ブログ】日本食がおいしい理由「だしが効いているから

  米国のブログ「chowlit」では、訪日した米国人女性が日本食を食べ歩き、その感想をつづっている。

  かねてから日本食ファンだった筆者は、友人に連れられて行った東京銀座の高架下にある店に行った。 
 「その店は紹介なしには決して見つけられないようなこじんまりした店で、さまざまな和洋折衷の創作料理があったが、どれも絶品だった」
と感想を語っている。

  また、築地の老舗八百屋がプロデュースする、野菜にこだわった懐石料理店に行った経験についても、
 「これまで食べたベジタリアン料理の中で最高の味だった。
 特にイチジクのゴマソース和えは絶品」
だったと評価した。

  筆者は日本食を食べ歩くうちに、驚くべき隠し味があることに気付いたとし、その隠し味であるだしは、昆布やかつおを煮て準備されていることが分かったという。
 だしについて
 「野菜料理を食べたときに、野菜の味だけではない不思議な味が口に広がった」
と表現している。

  筆者は、日本の複雑な食文化について欧米の一般論で述べることは難しいと語る。
 各国の料理には異なるスタイルと味がある。
 日本でいえば「だし」の味で、昔から引き継がれているものだ。
 日本食を食べるとき、いつも何のだしを使っているかが気になるという。

  欧米では、料理はシェフの腕前によるところがある。
 油で炒めたか、煮込んだ料理か、あるいはソースによって決まる。
 一方、日本では調理しすぎないため、野菜や魚の本質的な味を堪能できるのが素晴らしいと称賛している。

  特に、すしは典型的な例で、魚と米だけで作られているが、両方の素材を味わえる。
 シンプルに醤油(しょうゆ)やわさびをつけるが、それ以外の味は酢めしくらいだ。
 単純なのに完全に調和して完璧だと評している。

  帰国した筆者は、料理の最高峰は、遠い日本で味わった日本食の味だと今も思っていると締めくくっている。




サーチナニュース 2011/11/03(木) 10:47
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=1103&f=national_1103_053.shtml

【中国ブログ】「日本の居酒屋のような場所は世界中どこにもない」と中国人称賛

  中国人ブロガー「王亜弟」さんは、「日本の居酒屋が懐かしい」というタイトルでブログを掲載している。
 ブロガーはかつて日本で生活し、今は中国に帰国しているようだ。

  ブロガーは
 「日本と言ったら何を思い浮かべるだろうか。温泉、寿司、お刺身…。
 うん、その通り。
 でも、居酒屋も忘れちゃいけない。
 日本の居酒屋のような場所は、世界中どこにもない。
 私の大好きな場所」
と書き出し、日本の居酒屋を称賛。

  続いて日本人は日常的に仕事帰りに酒を飲むことや、歓送迎会や忘年会など日本には飲み会の機会が多いことを紹介した。
 さらに、
 「日本人は等級観念が強く、上司に対しては敬語を使って90度おじぎ。
 でも、酒の席ではそんな等級観念はなくなり、課長とか部長とかの役職に関係なく誰でも冗談を飛ばし、自由に酒を汲み交わす。
 敬語もなくなる」
と説明。

  また、「日本人は生活リズムが速いので、飲み会も短い。飲む量も少なめで、時間も長くて1時間半程度」とも表現した。「敬語もなくなる」「長くても1時間半程度」など、日本に住んでいたわりには、日本の飲み会文化に対して多少認識がズレているような感もある。

  それでも、
 「友達と一緒に飲んでしゃべっているときは、アルバイトの苦労や勉強の悩みもふっとんだ。
 みんなで自由な気持ちになれて、楽しかった」
と書き、かつて通った日本の居酒屋を懐かしく思い出すと結んでいた。




 日本を捨てて世界に同化しようか、
それとも、
 世界の標準より日本文化のこだわりの中で生きようか
人それぞれですが。
 




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